都心での育児、仕事、日々のこと、自分の感じたことを気ままにつづってます
Writing about parenthood, work, and life in central Tokyo.
2012年7月9日月曜日
fat mama
土曜日は橋本まで電車を乗り継ぎ、3年ぶりの友人に会いに
行って来た。息子はめったに買ってやらない子供向けの雑誌を
買ってやったので1時間強の電車も手こずらずに行けよかった。
久々に会った友達は以前と変わらず淡々と日々暮らしている
様子だったが、
「私たちも気づいたら30台後半」
と感じさせるような話題もチラホラだった。
それぞれの人がそれぞれのベクトルで語らないあれこれを
抱えてるのですね。
話は変わるが、前から気になっていた家の裏の商店街の始まりに
ある喫茶店。
先週入ってみたら、ジャズ喫茶だった。
マスターは優しそうな白髪の初老の男性で、
「何か聞きたいのがあれば」
と言われたのでセロニアス・モンクをリクエストしたら、
追悼コンサートを流してくれ、大きなスピーカーの間に置かれた
大きなテレビで、美味しい珈琲と供にゆっくり堪能させていただいた。
入ってくるお客さんを見ると、ジャズ好きの間に近所のおばさんが
お茶やお昼を食べに来ているような感じで、
今となればカフェに取って代わってしまった昔ながらの喫茶
(朝はモーニングメニューを出すような)健在という感じで、
なくならないで欲しいな、と思った。
近所の憩いの場。
今週は水曜日に会社の2周年パーティーが六本木ヒルズであるため、
週明け早々からバタバタする予定。
なんと司会を仰せつかってしまい、かなーり気が重い。
役員の紹介文も和訳したりしなきゃいけないし、
人前に出るから洋服や靴も新調してお金がかかったり、
とほほほほ。
I found this small jazz cafe in my neighborhood.
I found it few years ago and since then I have been wanting to check it out and
last week I finally went in. An old man with quiet voice explained his coffee
menu and then his jazz vinyl collections.
I requested Theloneous Monk and he played Monk's memorial concert for me.
I was watching people come in and out of the cafe.
Some people come for the purpose of jazz and others merely to eat or to drink coffee,
careless for jazz.
A perch for everyone. Cafe like this used to exist everywhere, especially in Tokyo,
in small shopping streets, but nowdays they are replaced by franchise coffee shops
like Starbucks or Tullys, such shame.
I intend to go there every once in a while, with no wifi but just to do nothing
but to meditate with jazz.
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